心理的安全性とは
ハーバード大学のエイミー・エドモンドソン教授が1999年に提唱した概念で、
チームにおいて、他のメンバーが自分が発言することを恥じたり、拒絶したり、罰をあたえるようなことをしないという確信をもっている状態であり、チームは対人リスクをとるのに安全な場所であるとの信念がメンバー 間で共有された状態
グーグル社が、4年に及ぶ大規模な労働改革プロジェクトの末に「心理的安全性がチームの生産性を高める重要な要素である」と結論付けたことで、世界中の企業の注目を集めるようになりました。
上司や同僚の反応に怯えたり、不安になったり遠慮したりすることなく意見交換ができたり、提案ができることで個々が自主的に力を発揮できる雰囲気が、職場環境の心理的安全性が高いということです。
共に働く仲間として同じ方向を見て、個々の持ち味を発揮しやすくなり、仕事の生産性や業績にも好影響をもたらしていきます。
「チーム」という言葉はいろいろ置き換え可能で、あらゆる人間関係や集団活動においても同じことがいえるのではないでしょうか。
私は長く小学校に勤務していましたので、学校・学級また家庭での心理的安全性は非常に重要だと実感しています。
この心理的安全性が確保されてるかどうで、子どもたちのその後の人生が左右されるといっても過言ではないと思います。
学校・家庭の心理的安全性
学校・家庭における心理的安全性を考える時、まずは普段の言動を振り返ってみるとよいと思います。
早くして
なんでできないの?
また?
前も言ったよね
何度もいったよね
早くして!
○○しなかったら鬼くるよ
○○できなかったら遊べないよ
・・・・
ついついこんな言葉が口から出ていませんか?
幼少期は、目の前にあることが全てであり、今この瞬間に気持ちや注意が向いています。脳の発達からいっても物事を筋道立てて考え、かつ行動が伴うのはまだまだ難しいです。
そんなことは分かっているけど!
仕事や家事に忙しく、時間に追われていると、子どもが「何度言っても言うことを聞かない」とイライラしてしまいがちです。
子どもの側からすると、いつも大人や周りの顔色をみたり、意地になってしまったり、感情的にしか表現できなくなったり、あるいはどうせ言ってもわかってくれないという気持ちを強化しかねません。自己表現や自己主張をためらい、いつの間にかすぐにあきらめてしまう癖がついてしまうかもしれません。
小学校に入学すると全てを”自分でやる・できる”ことを求められます。
もちろん、少しずつ手順は教わりますが、皆が、同じランドセル、学習用具で着席して学習する時間が長くなるので、”ちゃんと”できない子が目立っていきます。
通常学級は、30人以上での一斉指導なのである程度の統制は必要ですが、
・手を挙げて当てられたら発言していい
・自由に発言したら注意を受ける
・時間内に課題ができなかったら、休み時間返上で勉強
・「さっきも言ったから、わかるよね」
・「何回も言ったから、自分でできるよね」
・「また?!」
・「ちゃんとやって」
この”ちゃんと”が曲者です。
大人にとってはちょっと考えれば分かることでも、子どもにとって「ちゃんと」は非常にあいまいな表現です。
どうしていいか具体的にわからなくなっている時に、追い打ちをかけられると、困っていることも伝えられなくなり、失敗へ強い不安を抱くようになります。
なのに、発達段階的には高度な自主性・自発性を求められると混乱します。
(現在、1年生のサポートに入っていて、特に低学年での学習活動は、指示量が多いのに進むスピードも速い!)
聞いてないと確かにできないのですが、大人の言うことを聞くようにばかり指導されていると、指示がないと動けない子どもたちになっていきます。
子どもたちは経験から学んでいきます。
失敗することも、時には注意を受けることも、ルールや人との関わり方、場に応じた態度・言動を学ぶ機会になるよう、そして、なにより自分のいろいろな側面を出しても大丈夫と思える大人の関わり方、場の作り方がとても重要です。
失敗や人の目を気にして自分を出せない子どもたちが多いなと感じるのは、私だけでしょうか。
ビジネスにおいて注目された心理的安全性が、チームのメンバー一人ひとりが恐怖や不安を感じることなく、安心して発言・行動できる状態のことを指すように、
学校や家庭でも「自分が自分らしくいられる状態」や「安心して何でも言い合える大人や周りの子どもたちとの関係性が築ける」環境というのは、子どもたちの意欲やモチベーションを高める土台になります。
心理的安全性を高める心がけ
では、心理的安全性を高めるには、どのようなことを意識したらよいでしょうか。
小学校教諭の経験と現在、専門学校での指導、幼児から成人までの個別指導、および学びのサポーターとして主に1年生の支援で再び学校現場に戻った立場から、普段、気を付けていること心がけていることをお伝えします。
①発達段階や特性、興味関心の把握
様々な子どもたちがいます。発達・発育の個人差に加え、発達障がいやグレーゾーンのお子さんもいますので、〇年生というカテゴリーではなく、それぞれの個性・特性、好きなこと嫌いなことなどを把握しながら、一個の人としてその子全体をみます。
みんなちがってみんないい、が建前ではなく、「なんでできないの?」と思った時に、どこに原因があるのかに視点が向かい、「どうしたらできるかな」を考える大前提です。
②一緒に本気で取り組む・遊ぶ時間を持つ
授業中ずっとは無理ですが、休み時間や体育、図工など共にできる活動があれば本気で楽しみます。子どもたちにとって、言うことを聞かなくてはならない存在ではなく、一緒に学ぶのが楽しい嬉しい存在になります。その方が、よっぽど指示が通りやすくなります。
③失敗した姿がお手本
大人だって失敗や間違うことがあるという状況を取り繕わない。それでも、やり直せる、うまくいかなかったら違う方法を探せるというお手本になります。落ち込んだり気まずくなって固まってしまう子にとって、「まちがっちゃった」とか「うまくできな~い」と笑っていう大人が近くにいたらどうでしょう?
子どもによっては「教えてあげる!」と意欲を見せる子もいますし、安心感につながります。
最近では学校でトイレの個室に入れず、ずっと我慢をして具合が悪くなったり、登校渋りになったりする子が増えていることが問題になっていました。
誰もそのように教えないと思うのですが、ウンチを学校でするのは恥ずかしいこと、と過剰反応してしまっています。
失敗のお手本ではないですが、もし先生が普段から「今日はウンチが出なくてお腹が張ってるんだ~」と単なる健康チェックのように言っていたら、ウンチの話題が恥ずかしいこと、汚いことなどと揶揄されるような雰囲気にはならないと期待できないでしょうか。
④大人の解釈を押し通さない
子ども同士のいざこざが起きた時、気持ちが乱れた子の好ましくない言動・態度に「また?」と思うこともあります。
しかし、子どもの言動にも必ず理由があります。
瞬間的に目・耳に入った状況だけで判断しないことには、非常に気をつけています。
子どもが自分中心に言い訳することも考えられますが、もっとその奥にあるものを観るようにします。
○○は、いつも嫌なことをいう
△△は、発達障がいなのでこだわりが強い
などのステレオタイプにとらわれない冷静さを保つということです。
傾向として頻繁にトラブルを起こす子だとしても、その言動にいたる背景を知ろうとすることが大事だと思っています。
実際に、一言多く、問題児扱いされている子がいます。相性の悪い子をわざと押したりして怒らせ面白がったり、人の間違い指摘やいいつけも多いので、徐々に子どもたちからも引かれてきています。
”可愛げがない、素直ではない”彼ですが、子どもたちが先生の周りに集まって楽し気にしていると、押しのけて先生に近づこうとします。それでまた怒られてしまうのですが、人一倍構ってほしいという幼い姿があります。彼の普段の言動は、本当に求めていることの裏返しだろうと考えることもできると思います。
子どもの声のトーン、視線、表情、ちょっとしぐさなど非言語的な表現への洞察力を意識しています。
もちろん、いけないことは正して然るべきですが、場合によっては家庭環境や成育歴などを考慮して様子を見守ることも必要です。
⑤子どもの話を最後まで聞く
④とも関わっていますが、話を遮らず最後まで聞くことは子どもとの信頼関係を確かなものにしてくれます。子どもですから都合のよいように話すこともありますが、その主張の中にどんな気持ちを抱いているのかを受け止めていきます。
途中で、「~でしょ?」「前もやったよね」などと決めつけず、話している表情、動きなどをよく観察しながら聞いてみてください。
論理的に整理して話すのがまだ上手ではないので、小さな身体からいっぱいの気持ちを伝えているはずです。
不穏な出来事や予定通りいかないことが起きた時、大人だってイライラすることがあります。子どもの話のつじつまが合わなくなってきたら、口をはさみたくなるのも分かります。
そんな時は、自分のイライラに気づいているかどうかが肝心です。
「私、今ものすごくイライラしるんだな」ともう一人の自分が見ているように、よくいう俯瞰するということです。
心に余裕がないとできないと思われますが、逆にこれを意識して練習していくと余裕、隙間をつくることができるようになります。
そうすると、子どもの話を最後まで聞いて、①、④を踏まえてどんな言葉をかけたらよいか落ち着いて考えることもしやすくなります。
感情は伝わります。
先生がイライラしていたら、子どもも安心感や落ち着きを取り戻すのに時間がかかります。
「~でしょ?」などと話の終結を急かすと、「だって!」「だって!」と繰り返すことはないでしょうか?
子どもに関わる人の心理的安全性
自分が体験していなくても、共に過ごす人たちの行動を見ていると、脳の中では同じ体験をしているミラーニューロン反応というのがあります。
子どもたちが成長していく環境の心理的安全性を高めていくには、先生や親、子どもに関わる大人がどのような言動・態度・意識、感情であるかに大きく影響を受けます。
ポジティブな時もネガティブな時もある、失敗することだってある、失敗から学べばいい、を私たちが体現できているかどうかですが、
失敗を許せず自分自身に優しさを向られない、あるいは困っている、助けてと言えない大人もまた多いと思います。
自分に厳しい人は、人にも厳しくなりがちです。
近くにいつも完璧な(弱さを見せられない)人がいるのは、緊張感があります。
ミスがなんでも許されるということではなく、挫折や失敗における自分の経験や感情は誰かの役に立つと考え、仲間と共に最善を考え行動に移していける関係・環境でありたいものです。
子どもたちの発達・成長のサポート、ウェルビーイングの向上には、大人から、大人こそが、自分のおかれた環境での心理的安全性を再考して、自分自身の中の安心感、レジリエンスを培っていく必要があるのではないでしょうか。